「キングカズ」50歳での得点に感慨〜カズからの学び編〜

こんにちは。管理人のジュニアです。

 

「身軽に生きるために、ミニマルに暮らすために、それが問題だ」をテーマに日々を送る3人の子供(みんな男の子)を持つ37歳の父親でございます。

 

先日は僕の子供の頃の「カズ」との出会いやら、思い出やらの記憶編を綴らせていただきました。思いの外長文になってしまったため、2回に分けて「カズ」についてごく個人的に語らせていただこうと思っとる次第です。そして本日がその2回目でございます。
(ちなみに1回目はこちら↓)

http://migaruni.com/2017/03/21/post-621/

 

カズがスゴい理由。

 

僕がカズを偉大だと感じる1番の理由、それは・・・

 

ズバ抜けた身体能力ではなかったから。

 

もちろん身体能力そのものは決して低くはなく、むしろ高いモノだったのだろうとは思うのですが、高校時代にブラジル留学を決めた際にも、周囲からは「お前には無理だ」と言われていたといいます。

 

カズはもともと足がメチャクチャ速かったとか、桁違いのテクニックを持った天才だった、という訳ではなかったとか。(足はあまり速くなかったはず・・・違ったらごめんなさい)

 

ただ、リフティングに関しては誰にも負けなかった。

 

確か昔カズが初めて「笑っていいとも!」のテレフォンショッキングに出ていた時、タモリに「子供の頃ってリフティング何回くらい出来たの?」と聞かれ、カズは「日が暮れるまで」と答えていた記憶があります。

 

カズはいわゆる「フットボーラー」だったんだと思います。

 

「アスリート」でなく、「フットボーラー」

 

近代サッカーでは「アスリートでないとサッカー選手として難しい」といった内容の記事を読んだことがあります。確かに急速にレベルが上がっていく現在のサッカー事情からすれば頷けるところもありますが「もともとモノ凄い身体能力を持っていた人が、たまたまサッカーを選んだ」という理由で大成していくのは少々寂しい気がします。

 

身体的な、生まれつきの才能を持っている選手も華やかでもちろん素晴らしいです。
ただ、僕個人的には「アスリート」ではなく「フットボーラー」のカズに魅力を感じますし、そして・・・

 

「サッカーが好き過ぎて授業中もボールを離さなかった少年が、これしかないと不器用にブラジルに渡り、ひたすらサッカーに対する愛情と努力でキングと呼ばれるまでに至った」ことに勇気をもらえます。

 

本物になったサッカー小僧

 

語弊はあるかもしれませんが、この「そこら辺にいそうなサッカー小僧」がマジでホンモノになってしまったという事実に、地元や周囲の人たちは本当に驚いたのではないかと思うのです。おそらく地元にはもっと上手い選手や才能のある選手がいたのでは。

 

自分のやりたいこと、才能、可能性を信じ切ったカズと一部の味方の人たち。
サッカーだけでなく、仕事、人生などあらゆる場面でその「信じ切る力」の必要性を感じさせられます。

 

そしてカズは50歳になった現在もこう信じ切っているのだと思います。

 

「オレはワールドカップに出る

 

大きな挫折をどう意味付けるか

 

ドーハの悲劇では試合時間残り僅かで夢破れ、フランスワールドカップでは開催地であるフランスまで行き、開幕直前の現地で代表から外され帰国。ワタクシ、フランスワールドカップの時には監督の岡ちゃんをマジで恨みました。

 

しかしながらカズはこの件に関しては一切悪口を言わないらしいです。
何かもう、デカ過ぎます・・・。

 

カズがあの時ワールドカップに出場していたら・・・
どうなってたんでしょうね?みんな考えることだと思います。

 

当時まさか50歳までプロサッカー選手をしているなんて考えたでしょうかね。
Jリーグで栄光を掴み「キング」になった男が、代表では普通の人間では経験しないような大きな挫折を味わった。

 

これは結果論でしか語れないことでしょうが「ワールドカップに出場できなかった」という事実をその後どのように意味付けたか、それをカズは体現してくれているように思えてなりません。

 

多くを語るよりも自分に出来ることを全力でプレイし続ける姿に「キング」の威厳と風格を感じます。

 

キングから学んだこと

 

カズが「一つ事に情熱を注ぎ、努力する才能があった人」だとしたら、僕にはそれがありません。しかし「どデカイ挫折をどう意味付けるか」ということに関しては僕にも学べることがあるんです。

 

「事実をどう解釈するか」ということです。

 

人によっては「オレはワールドカップに出られなかった、夢破れた」と解釈することも出来たでしょう。「もう終わりだ、人生そんな上手くいくもんじゃない」と解釈することも出来たでしょう。

 

カズがどう解釈したのかはわかりませんが、ただ僕が感じるのは「同じ事実も人によって違って見える」ということです。

 

逆に言えばどんな事実も自分の思ったように解釈出来るし、理由も意味付けも後からの行動で変えていけると思うのであります。そう思えば「それ自体に意味のない事実や人生」も、脳ミソ使って意味のある面白いことに変えていけるような気がします。

 

・・・とは言え、まだまだ日々の現実につまらない解釈をして振り回されてばかりですが(涙)50歳現役プロサッカー選手に勇気をもらって頑張ろうと思う次第であります。

 

今回、前回と大好きな「カズ」について個人的な思いをつらつらと綴って参りました。稚拙な文章や、ワタクシの幼少時の記憶などで「コラ!」と思われる方がいらしたら、申し訳ございません。あらかじめお詫びしておきます。

 

本日も長文失礼致しました。最後までお読み頂き誠にありがとうございます。
多謝多謝。

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