ミニマルに、身軽に暮らしたい。モノを少しずつ減らしていく中で見えてきたこと①

fullsizerender-11こんにちは。管理人のジュニアと申します。

 

「身軽に生きるために、ミニマルに暮らすために、それが大事MANだ!」をテーマに日々あれこれ思案し、男の子3人と格闘を繰り広げる37歳の父親でございます。

 

昨日5歳の長男に、星野源の歌を聴きながら「恋ってナニ?」と質問され、

「それは愛の手前の段階でナンタラ」
「恋とは下に心と書いてカンタラ」
と真顔で答えておりましたところ・・・

「ああ、コイキングのことね!」とポケモンの知識で丸め込まれた次第であります。

 

前置きが長くなりましたが・・・

 

本日は僕が「身軽に、ミニマルに」暮らすために、モノを少しずつ減らしていく中で気づいたこと、感じたことを綴らせていただこうと思います。(第1弾)

 

僕はミニマリストではない。

 

これは結構早い段階で痛感しました。すごく憧れるのですが。

 

本や雑誌、ブログ等で活躍されている方々の生活感や、習慣、モノの少なさ、その洗練された暮らしぶりを目の当たりにするに、

「す、すごい・・・。ここまでは出来ませんぜ!」と脱帽。

 

「ミニマリスト」自体に定義はないと思うのですが、モノを減らしながらも、いわゆる「世間がイメージするミニマリスト」には僕はなれないだろうと感じたのでした。

 

身軽になるために始めたことなのに。

 

僕も一時は「捨てたい病」に罹患していました。

 

何とかして「必要最小限」までモノを減らしたい。何にもない部屋で暮らしたい。
そんな気持ちで夜な夜な家の中を探り、捨てる作業を続けていました。

 

次第に、それなりにモノの数は減っていき、部屋の中は以前と比べだいぶスッキリした印象になってきました。

 

ただ、この辺りから「理想の姿と自分との比較」、「到達するための義務感」を痛烈に感じ始め・・・

 

「身軽になりたくて始めたことなのに、思いっ切り縛られとる!」
と気づいてしまうのでした。

 

ミニマリズム、ミニマルライフは人それぞれ。

 

ごくごく当たり前のことなのですが。

 

家族みんながバランス良く、快適に過ごせなくては本末転倒かと思います。

 

このことを根本に、
「我が家にとって適正なモノの量」「快適な思考でいられる状態」をデザインしていこう。とシフトチェンジしたのでした。

 

まずは「こだわりを無くす」こと。

 

これが、僕がモノを減らしていく中で気づいた、僕が1番大事にしていることです。

 

ミニマリストに「こだわらない」。

捨てなきゃいけないと「こだわらない」。

持ってはいけないと「こだわらない」。

 

身軽に生きるために、身軽になることに「こだわらない」。

 

自分で書いてても、「こりゃややこしい!」と思いますが(笑)
でもこういう、矛盾にも感じるロジックが人生なのかもしれません。

 

最終的にはブルースリー先生のあの名言、
「Don’t  think、Feel!(考えるな、感じろ!)」に着地点を見出したりしてます。

 

感覚に勝る理屈は無いのでしょうね。

 

皆さんにとってのモノの適正量、快適な思考でいられる状態とは!?
生活をデザインすることを楽しみたいですね。

 

最後までお読み頂きありがとうございました。

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